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「色彩の官能、小川佳夫の絵画」野口玲一 / 2013.12

「色彩の官能、小川佳夫の絵画」野口玲一 / 2013.12

一見したところ、小川佳夫の絵画はきわめて簡潔な構造を備えている。それを一言で述べるとしたら単色の背景に一条の線描ということだ。痕跡は複数あったとしても、それらは一息にひいたものに見える。ただしこのように容易く片付けてしまえば、作品の本質について何も言ったことにはならないだろう。
支持体をみてみる。厚く盛られた色彩は単色であっても、それを塗る刷毛目は硬い毛で引いたようにそばだち、その痕跡はうねり、たゆたう。それに応じて表面の光沢も微妙に変化していく。そこに振り下された線条は、色面を穿ち、ときに下地の色彩と溶け合う。その様相をみると、作家はこうした操作を絵具がまだ生乾きのうちに行っており、それが観る者に触覚的な官能を呼び覚ます。
作家は線描にナイフを用いているらしく、これは筆触というよりストロークと呼ぶ方が適切だろう。色彩の地に対してストロークは図として機能するが、ときにその関係は反転し、ストロークは支持体の裂け目のように映る。描かれる弧は、ときにゆったりと観る者を慰撫し、ときに唐突にとぎれ、ためらい、翻って思いがけぬ向きへと逸れていく。その刻一刻の動きが、観る者の感情の起伏を強く喚起するのだ。それぞれの作品において個別に現れる、色彩の重層性やせめぎあい、身体の動き、それらに喚起されるものを感覚的に追体験し味わうことの他に、これらの作品の本質を理解する方法はないように思われる。

(のぐちれいいち)三菱一号館美術館 上席学芸員